団地にアトリエと猫。

思い出の詰まった家。猫を飼えると知ってリノベーションをすることに。

高蔵寺ニュータウンの団地には分譲と賃貸があり、今回ご紹介する「団地にアトリエと猫。」は分譲のお部屋。住んでいるのは日本画家で妻のまきさんと本屋店長で夫のたつやさん、猫のチルチルちゃんです。

ここは、まきさんが子ども時代をすごした思い出の家です。まきさんが小学2年生の時に越してきました。「この小学校に通っていたんですよ」と窓の外を眺めながら語るまきさん。「運動会の時には、母はこの窓から応援してくれていました。よく見えるので一等席と言って喜んでいました」となつかしみます。まきさんが独立してからは、この家には長らくご両親が二人で住んでいました。その後、ご両親から家を受け継いだまきさんは、かつては禁止されていたペットの飼育が可能になっていることを知ります。チルチルちゃんも一緒に暮らせることも嬉しくて、まきさんとたつやさんはこの部屋をリノベーションして住むことにしました。

いろいろな願いを聞いてもらいたかったから、設計は迷わず井村さんに依頼。

設計は、まきさんの同級生の友人というご縁で建築家の井村さんにお願いすることにしました。いろいろと相談できそうと感じたのが大きな理由ですが、井村さんが所属する「Danchitects(ダンチテクツ)」の手がけた団地リノベーションが素敵だったことや、井村さんの設計事務所が当時住んでいた家の近くにあったことなども決め手になりました。
Danchitectsは、高蔵寺ニュータウンにゆかりのある建築家と工務店による団地デザイン集団で、団地と町の良さを知る地元の専門家たちがアイデアと力を出し合い、協働して「団地のつづき」をデザインしています。まきさんとたつやさんは、Danchitectsの手がけた物件を見学。経年劣化した部分でさえも格好良くできる彼らのデザイン力に驚き、自分たちの家もただ新しくするのではなく、古いものの良さをいかしてセンス良くリノベーションしたいと方向性が定まりました。

チルチルちゃんのためのキャットウォーク。考えたのは、たつやさん。

実際に設計が始まると、DIYが趣味のたつやさんは、いろいろなアイデアを思いつきます。リビングと寝室のキャットウォークを考えたのもたつやさんです。井村さんも面白そうと応じました。板の高さを違えて変化をつけたり、上り下りの板を可動式にしてチルチルちゃんの成長に対応したりと工夫もいっぱい。リビングと寝室の天井近くの壁沿いに板が取り付けられているので、チルチルちゃんはぐるりと一周かけまわって遊べます。ところどころにたつやさんが手作りした物もあり愛情を感じます。

寝室奥の壁の色は、井村さんがセレクト。まきさんの作品のトーンに合わせました。「チルチルちゃんに、こんなに似合うとは!」と井村さんも驚きます。
キャットウォークでくつろぐチルチルちゃん。走り回って遊ぶことも。
部屋の中心の柱にはチルチルちゃんが爪をといだり、登ったりできるように、たつやさん、まきさん、井村さん、河合さんの4人で麻ひもを巻きました。河合さんは井村さんの所属する団地デザイン集団Danchitectsのメンバーで、施工を担当しています。

まきさんの絵を自由に飾れるように、穴のあいた壁を一面に。

リビングやアトリエなどの壁には有孔ボードを貼り、まきさんの作品を好きな位置に飾れるようにしました。

アトリエをのぞくチルチルちゃん。ねえねえ、遊ぼうよ!

大きな窓から明るい光が差し込むまきさんのアトリエ。絵の具や制作途中の作品が並んでいます。

前の家にいたとき、チルチルちゃんはまきさんが絵を描くときもそばにいました。ある日、チルチルちゃんは描きかけの絵にのってしまい、絵の具が体に付いてしまいます。それ以来、チルチルちゃんはアトリエに入れてもらえなくなりました。一緒に遊びたがるチルチルちゃんのために、新しいアトリエに作ったのが小窓とすき間です。

リビングからチルチルちゃんがアトリエをのぞきます。「ずーっと見張られてるみたい」とまきさんがほほ笑みます。チルチルちゃんはすき間に手を差し入れて、遊んで!とまきさんを呼ぶことも。ときどき絵を描く手を休めてチルチルちゃんと遊ぶことは、まきさんの楽しみでもあります。

ツリーハウスのような心地よさ。

「風の通るような季節のいいとき、頭の中ではツリーハウスのイメージなんです」とほほ笑むまきさん。木の上にいるみたいな心地よさに気分もあがります。子どもの頃にはなかった感覚に「床や壁に木をふんだんに使ってもらったから」と推測します。「リノベーション前とはずいぶん印象が変わった」と話すたつやさんが「両親の遺品もたくさんあったから、整理するのは相当大変だった」と思い起こすと、まきさんは「私だけでは無理だったと思う。空気が重くてつらかったから」と話します。

浴室はとにかく暖かく。

「団地のお風呂は寒かったから暖かくしたかった」と話すまきさん。壁の赤色を選んだのも、あたたかみを感じたかったからです。乾燥機付き浴室暖房の取り付けに苦労したと語るのは、たつやさんと井村さん。築50年にもなると現在の設備を入れるのも大変ですが、成功したときの達成感は格別です。

補助金も活用して、グレードアップ!

寒さ対策は部屋の窓にも。補助金の対象となる二重窓を導入しました。洗面台も補助金の対象になる物を選択しコストを削減。補助金申請のかね合いでスケジュール調整は厳しくなりましたが、満足のいく仕上がりになりました。「臨機応変に対応してくれた河合さんのおかげ」とたつやさんは感謝します。

「この窓、きれいな眺めでしょう。子どもたちがボール遊びをしていると絵になるんです」とまきさんが言うと、「たしかにいいですよ」とたつやさんが続けます。「この台に珈琲を置いて、椅子に腰かけて外を眺めてすごすのが心地いいです。この窓から見える夕日は本当にきれいなんですよ」。窓ぎわの小さな台は、もともとはチルチルちゃんが外を眺められるようにと考えてしつらえたのですが、チルチルちゃんは他の場所が気に入った様子。窓辺はたつやさんのお気に入りの場所になりました。

「自分の家」という愛着が暮らしを豊かに。

いろいろなまちで暮らしてきた二人。初めて「自分たちの家」を持ち、想いを込めてリノベーションしていくうちに愛着が育まれたのでしょう。この家に暮らすようになって、たつやさんが進んで掃除をしてくれるようになった、とまきさんは喜びます。

住む人のこだわりとセンスの良さで、自然とかっこよくなっていく。

「住む人のセンスが良いと、勝手にかっこよくなっていく」と井村さん。すべてを任せてもらえるのもやりがいがあっていいけれど、今回のように住む人が提案してくれるのも楽しいと語ります。もし、どうしても無理なことを求められたら、「井村さんは、ははって笑いながら、さらりと流すのがお上手なんですよ」と教えてくれたのはまきさん。やりたいことを安心して伝えられたからこそ、納得の住まいが完成したのかもしれません。

経年劣化でできた「ひび」さえも、おしゃれに変えるデザイン力。

まきさんは、井村さんはもちろん、Danchitectsメンバーの内藤さんのデザイン力にも一目を置いています。近くの団地に内藤さんの手がけた物件を見に行った際に、そのままなら古く感じてしまうコンクリート壁のひびでさえも、かっこよくできることに驚くとともに、自分たちの住まいもデザインの力で変えられると感じたと話します。
もともとDanchitectsの活動は、内藤さんが団地のリノべーションを計画しデザインした時に、団地が持つポテンシャルの高さに気付いたことに始まります。内藤さんは「地元の建築家チームで、団地をリノベーションして活かそう」と、河合さん、井村さん、酒井さんに声をかけました。さらに、高蔵寺駅のイベントに携わっているナゴノダナバンクの皆さんにも呼びかけ、一緒に組むことに。こうして、デザインユニット「Danchitects」が結成され、それぞれの経験や個性を活かしながらチームによる家づくりやまちづくりを行う「団地のつづきプロジェクト」がスタートしました。

古さをいかしたガラス窓。マジックアワーにはブルーに輝いて見惚れるほどに美しくなります。

母校が多世代交流施設に。まちとつながる暮らしがスタート。

まきさんの通った小学校は、現在はリノベーションされてさまざまな世代の人たちが交流する「グルッポふじとう」になっています。まきさんは「小学校が廃校になったときにはすごく寂しかったけれど、またにぎやかになって良かったです。素敵なイベントがいろいろ開催されるので楽しみにしています。音楽を聴きに行くのが好きなので、昼間にライブがあるのも嬉しいですね」と喜びます。団地のリノベーションをきっかけに、まちづくりの担当者とつながりのできたまきさんとたつやさん。まきさんがグルッポで個展を開いたりワークショップしたりする日も近そうです。

団地への想い。暮らしやすさを求めて。

家の周りを散歩するのが楽しいと話すのは、たつやさんです。いつか自転車に乗って散策したいと玄関に自転車置き場も用意しています。これも不思議な縁ですが、数年前から高蔵寺ニュータウンではプロレーシングチームのサポートを受けながら楽しめるサイクリングイベントが定期的に開催されています。ニュータウンは坂道が多いので自転車には不向きと思われがちでしたが、新しい視点で町の魅力を発見した一例かも。参加者たちは、広い道路と自然の中で、仲間と一緒に週末サイクリングを楽しんでいます。「この辺りにはお店が少ないから、空いている部屋にお店が入ってくれたら、もっと楽しくなるかも」と話すのはまきさん。さまざまな土地で暮らしてきたまきさんだからこその視点です。心地いい暮らしには、心地いい住まいと心地いいまちがあってこそ。ペットの飼育がOKになったのと同じように、住居と店が入り混じる団地も近い未来には実現するかもしれないですね。
Danchitectsも、心地いい「暮らし」「住まい」「まち」を大切に思い、実現を目指して「団地のつづき」プロジェクトを進めています。それは、分譲団地をリノベーションして提案するにとどまらず、地域のイベントに参加したり、町の人たちとつながったりと積極的です。2023年8月1日には、「第1回世界団地サミット」を主催。世界的に活躍する建築家や近隣の団地も含めた関係者、行政、UR都市機構の職員などが参加して大盛況でした。第2回世界団地サミットの開催が期待されるとともに、Danchitectsの今後の活躍にも注目が集まっています。団地のこれからが楽しみです。

COLUMN #005
団地にアトリエと猫。
TEXT:田本
PHOTO:田本